八月が終わるといっても、すぐに季節が変わるわけでもなく
暑いままの九月の空にただ、俯いた。
「もし別れたら、俺んとこ来たらええよ」
精一杯の気持ちも茶化してしか伝えることの出来ない俺を
太陽が、笑うから。
「あれ?コーヒーもう残り少ないよ?」
「くんが飲みすぎなんやって。俺、ほとんど手つけてへん」
勝手知ったる何とやらで、キッチンから顔を出しコーヒーカップをひとつだけ持ってくんはその香りを楽しんでいた。
「こんなに暑いのに、熱いコーヒーなんてよぉ飲むな?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、だよ。大倉くん」
かけてない眼鏡を上げる仕草で、くんは「なんか意味違ったっけ?」と誤魔化すように笑いながらカチャカチャ。とスプーンを混ぜる。
俺は、見ている様で本当は全然見ていなかったテレビを消すとクーラーの温度をピッ。と下げた。
いつの間にか、俺の部屋に来てコーヒーを飲むことが自然になっていた。
きっかけなんて覚えてない。
ただ、くんはいつも突然やって来るから、俺が居ないときに来ないかが心配だった。
「頼むから連絡してや」
そう、心から云った俺の親切にも、くんはスリルも大事。と笑って返した。
鍵を渡せば簡単なんだ。
銀色の、この、飾りもついてないシンプルな。
それでも、それが出来ない理由は呆れるくらいに単純で。
「あんまり温度下げるとクーラー病になるよ?」
「なってもええよ。この暑さ、どうにかしてくれるなら」
立ち上がってキッチンへと向かう。
さっきまで散らかっていた流しの食器が綺麗に片付けられていて、俺は何故だか少しだけ、泣きそうな気持ちになった。
「…俺も、たまにはくんと同じもんでも飲もうかな」
棚のカップへと手を伸ばそうとして、自然とくんを追い込むかたちになる。
今なら、簡単に抱けるやん。
ふわり。と香るその香りに一瞬だけ自分を失いそうで慌てて目的のカップを取るとくんに背を向けた。
「大倉がコーヒーなんて珍しいね」
「…たまには……ええかなって」
残り少ないインスタントコーヒーを大雑把にカップへと移す。
「さすが大倉、アバウトだ」なんて妙に関心しながらくんは砂糖を取ってくれた。
「あれ?くんてブラックちゃうの?」
「俺はそうだよ。でも大倉は違うだろ?」
「……子供ちゃうし。俺もくんと同じでええよ」
少しムキになって差し出された砂糖を押し返す。
くんはそれでも何処か、大人の余裕みたいに柔らかく笑ってた。
なぁ、くん。
好きやで、って云えてたら。
もし俺が云えてたら。
何か、変わってたんかなぁ。
こうやって二人で飲むコーヒーの味も、突然鳴るインターホンも。
全然、違うもんやったんかな。
並んでソファに座ったときに、少しだけ触れる肩の熱さも。
それから、このもうすぐ終わる夏の暑さも。
好き、や。
伝えられないその気持ちごと、コーヒーと一緒に飲み込んだ。
「めっちゃ苦い…」
呟いた独り言に、くんはやっぱり優しく柔らかく笑うから。
もしかしたら。なんて、あるはずのない惨めな期待を断ち切れない。
もう、此処には来んといて。
そう云えたら、どれだけ楽か、知っているのに。わかってるのに。
「新しいコーヒー、買うとかなあかんな」
「うん、一緒に行くよ」
愛とか恋とか、そういう好意は含まれていないだろう右手を差し出されて
俺は、そっと手を重ねた。
きっと遅すぎたんやろうなぁ
例えば、俺がもっと早く事務所に入っとったら。
例えば、俺がもっと早く好きやって云えとったら。
例えば、俺が………村上くんより先に出逢っとったら。
俺のこと、好きになってくれてたんかな?
060901
(オオクララさんが甘党なのか。
舞台は東京なのか大阪なのか。
そもそも一人暮らしなのか。
どうぞお気になさらず(笑)
コーヒー豆じゃないとこが
オオクララさん家風(妄想)